現在、日本は労働力不足が深刻な課題となっています。
このブログでは、そんな中でのAIとBPOの関係について詳しくご紹介いたします。AIの進化が業務プロセスの再設計をどのように促進し、企業の競争力を高めるのか、新たな協働の時代を迎えるリアルな状況を探ります。
はじめに:加速する労働力不足とAIの台頭
近年、労働人口の減少やそれに伴う採用難は、データ上の問題としてだけでなく、多くの企業で現実の課題となっています 。
この傾向は今後さらに加速していくことが確実視されています 。 パーソル総合研究所の「労働市場の未来推計2035」によれば、2035年の日本全体の労働需要と供給には大きなギャップが生まれると予測されています 。
パーソル総合研究所の「労働市場の未来推計2035」より
【2035年の労働力不足の見通し(推計) 】
- 労働需要: 34,697万時間/日 (7,505万人相当) * 労働供給: 32,922万時間/日 (7,122万人相当) * 不足分: 1日あたり 1,775万時間 、働き手に換算すると 384万人 が不足
これは、2023年と比較して1.85倍深刻化する計算です 。
このような状況を背景に、企業は単にコストを削減するだけでなく、サービスの品質を向上させ、さらにシステムや体制の安定稼働を保証することの重要性を認識するようになりました。特に顧客接点となるコンタクトセンター業務においては、顧客満足度を維持・向上させることが企業のブランドイメージや競争力に直結するため、これらの要素を同時に満たす必要性が高まっています。
その結果、専門的な知識と豊富な経験を持つ外部ベンダーに業務を委託するBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)へのニーズが急速に拡大しています。BPOを活用することで、企業は自社のリソースを核となる業務に集中させつつ、委託先の専門性を活用して業務効率化、サービス品質の向上、そして安定した運用体制の確保を同時に実現できるというメリットを享受できます。これは、現代の複雑で変化の速いビジネス環境において、企業が持続的な成長を遂げるための重要な戦略の一つとなっています。
時を同じくして、生成AI技術は飛躍的な進展を遂げており、その進化のスピードは驚くべきものがあります。特に、高機能なAIエージェントは、複雑な業務やタスクにおいても、実務に適用可能な水準へと進化を遂げています。
これにより、コンタクトセンターをはじめとする様々なビジネス領域において、業務効率化や顧客体験向上に貢献する新たなソリューションの登場が期待されています。
AIは「デモ」から「実務」の時代へ
2025年に入ってもAIの進化は加速しており 、有力プレイヤーや新興プレイヤーから多くのモデルが発表されています 。
特に、OpenAIの「GPT-5」リリース(推論・マルチモーダル性能の大幅強化)やChatGPTの「Agent Mode」提供開始などにより、AIが自律的にタスクをこなす未来が現実味を帯びています。
NVIDIAのジェン・スン・ファンCEOは、将来的に10億の知識労働者に対し100億のAIエージェントがつくようになると予測しており、AIエージェントと人間が協働する時代が到来すると考えられています。
この変化は働き方にも影響を与え、2030年までには「人間のみ」で行う仕事の割合が現在の48%から33%に15%減少し、代わりに「人間 × テクノロジー」の協業が3%、「テクノロジーのみ」の業務が12%増加すると予測されています。このことから、5年後には労働者の3分の1が、AIを含むテクノロジーと協業できる人材になることが求められるとされています。
AI導入の壁:「使えそう」と「使い続けられる」の溝
最近、SNSや動画コンテンツを閲覧していると、AIエージェントが資料作成、顧客対応シミュレーション、データ分析といった多岐にわたる業務を驚くほどの速さと精度でこなす様子を頻繁に目にします。その洗練されたデモンストレーションに触れるたび、多くの人が「AIはもうここまで進化したのか」と感銘を受け、その可能性に大きな期待を抱くことでしょう。
しかしながら、どれほど完璧に見えるデモンストレーションであっても、それはあくまでも「デモ」に過ぎません。
実際のビジネス環境において、リスクを負い、相応のコストを投じ、日々の業務プロセスにAIを組み込み、それを安定して稼働させ続けることには、デモンストレーションとは全く異なる次元の難しさが存在します。
目の前で「使えそう」だと感じたAIが、実際に「使い続けられる」ものとなるまでには、想像以上に大きな隔たり、つまり深い溝が存在しているのです。この溝を埋めるためには、技術的な課題だけでなく、組織文化、従業員のスキルセット、既存システムとの連携、法規制への対応など、多角的な視点からのアプローチが不可欠となります。
では、AIを「使い続ける」ためには、何が課題となるのでしょうか。
課題(1):AIは「完璧」ではないという現実
AIを活用する上でまず直面するのが、AI固有の特性です。
その代表的な例として、「ハルシネーション(誤出力)」や「品質のばらつき」といった課題が挙げられます。ハルシネーションとは、AIが事実に基づかない情報をあたかも正しいかのように生成してしまう現象であり、その発生率は年々低下傾向にあるものの、完全にゼロにすることは現状困難です。
AIが生成するアウトプットには、一見すると正確であるかのように見えても、内容が事実と異なっていたり、企業が求める品質水準に達していないものが少なからず含まれてしまうという実情があります。これは、AIが学習データに基づいてパターンを認識し、それに基づいて新たな情報を生成する仕組み上、学習データに偏りがあったり、稀なケースに対応しきれなかったりする場合に発生しやすくなります。
特に、コンタクトセンターのような顧客対応の現場においては、誤った情報を提供してしまうことは顧客満足度の低下や企業ブランドの毀損に直結するため、AIの出力品質には細心の注意を払う必要があります。
AIは「経験不足の新入社員」と心得よ
この状況は、新入社員が組織に入ってきたときに似ています。新入社員は高い潜在能力を持っていますが、経験が不足しているため、ミスをしたり、仕事の品質にばらつきが生じたりすることがあります。多くの企業では、若手社員の成果物をそのまま顧客に提供することはせず、上司や先輩が確認し、必要な修正を加えることで、「会社として顧客に提供できる品質」を保っています。
AIについても、これと全く同じ考え方が必要です。AIが完全に自動で処理しても問題ないタスクもあれば、人間の確認やレビューが不可欠なタスクもあります。
この考え方に基づくと、AIを活用するために必要なのは、単にツールを導入することではなく、「業務プロセスそのものを根本的に見直し、再設計する(リデザイン)」ことであると理解できます。
課題(2):AIは「データ(知識)」がなければ機能しない
AIの性能を決定づけるもう一つの重要な要素は「データ」です。
AIが高い品質の成果を出すためには、AIが正しい知識に基づいて判断できる環境を整備することが不可欠です。現場に散らばるノウハウ、FAQ(よくある質問とその回答)、過去の顧客対応履歴などを体系的に整理し、AIが参照できる「知識の土台」を構築することが、実際の業務におけるAIの精度を大きく左右します。
つまり、AIの最終的な出力品質は、AI自体の性能よりもむしろ「ナレッジマネジメント(知識管理)の仕組み」がいかに整っているかに依存すると言えるでしょう。
多くの企業が直面する「データはあるが使えない」問題
AIの進化が目覚ましい現代においても、データの重要性は揺るぎません。むしろ、AIの能力を最大限に引き出すためには、質の高いデータが不可欠であり、その価値は増大の一途を辿っています。しかし、多くの企業がこのデータ活用という点で課題に直面しているのが現状です。
ある調査(日本経済新聞社・日経BP調査)によれば、AI活用に不可欠なデータの収集状況に関して、「データは存在するものの、AIが利用できる状態になっていない」と回答した企業が全体の35%にものぼりました。これは、データ自体は豊富にあるものの、形式の不統一、品質のばらつき、適切なタグ付けの欠如といった要因により、AIが分析・学習に利用できる形になっていないことを示唆しています。
さらに、「データ自体を十分に収集できていない」と回答した企業が18%、「どのようなデータが必要なのかが明確になっていない」と回答した企業が3%存在するとのことです。
これらの結果から、多くの企業がAIの導入・活用以前の段階、すなわちデータの収集、整理、管理といった基盤部分で課題を抱えていることが浮き彫りになります。
データはビジネスにおける新たな石油とも称されますが、採掘されても精製されなければ燃料として活用できないように、収集されたデータも適切に整備・管理されなければ、AIという高度なエンジンを動かすためのエネルギーにはなり得ないのです。
AI活用の成否を分ける「3つの実行ポイント」
AIを導入して本当に業務成果を出すには、「今まで人がやっていたプロセスにちょっとAIを入れる」だけでは不十分です 。
AIを前提とした業務プロセスをゼロベースで再設計することが、効果を出すための大前提となります 。そのために重要なポイントは、以下の3点に集約されます 。
ポイント1:業務プロセスと権限の設計・ガバナンス
AIを導入する際、どの業務をAIに任せ、どの業務に人間の判断を残すかを明確に区別することが非常に重要です。AIが自律的に処理できる範囲と、最終的な確認や承認が必要な範囲をはっきりと定義しましょう。
具体的には、AIが生成した情報や提案を誰が、どのような基準でレビューし、承認するのかというプロセスを定める必要があります。この承認プロセスが明確でないと、AIの活用は限定的になり、誤った情報や不適切な判断による品質上のリスクを抱えることになります。
AIの能力を最大限に引き出しつつ、リスクを最小限に抑えるためには、このガバナンスの設計が不可欠です。
ポイント2:ナレッジの管理
AIの成果は、与えられる知識の質に大きく左右されます。コンタクトセンターでAIを効果的に活用するためには、以下の情報源をAIが学習・参照しやすいように整理し、常に最新の状態に保つことが不可欠です。
- 現場で使われる資料: 応対マニュアル、商品・サービス資料、社内規定など、オペレーターが日々の業務で使用するあらゆる資料。
- 過去の応対履歴: 顧客との実際のやり取りの記録。ここから、よくある質問や問題解決のパターン、効果的なコミュニケーション方法などをAIが学習できます。
- FAQ(よくある質問と回答): 顧客から頻繁に寄せられる質問とその回答をまとめたもの。
これらの知識をAIが利用できるように整理し、定期的に更新していくことで、AIはより正確で質の高い回答を提供できるようになります。この「知識の循環構造」が確立されていないと、AIの学習データが古くなり、時間の経過とともにその精度は低下してしまいます。
ポイント3:人とAIが連携する運用体制
AI導入後も、継続的な運用が成功の鍵を握ります。AIが導き出した結果を人間が確認し、改善点を特定してフィードバックすることで、AIはさらに学習し、精度を高めていきます。
このサイクルを効果的に回すための体制構築と、潜在的なリスクを管理するためのガバナンスや監査の仕組みを整備することが、AIのパフォーマンスを維持・向上させる上で不可欠です。
「AI前提プロセス」への再設計
これまでの話の通り、AI活用の鍵は「プロセスの設計と運用」にあります 。
従来の「人中心」のプロセスは、以下の流れでした 。
- 人が問い合わせを受ける
- 人が対応・判断する
- 人が記録・ナレッジ化する
これに対し、「AI前提プロセス」は、AIと人が協働するループ構造を前提とします 。
- AIがまず一次応答や分析を行う
- 人がAIのアウトプットをレビュー・修正・承認する
- 人がそのフィードバックをAIへ戻し、ナレッジとして蓄積する
- AIがそのナレッジを学習して次のアウトプットの質を高める
- 定期的にプロセス・ナレッジ・運用体制を見直し改善していく
AIと人間が連続的なループで協働する構造を築くことは、単に個別の効率化や精度向上に留まらない、より本質的な変革をもたらします。この連携が確立されて初めて、アウトプットの精度向上、業務効率化、そして知識資産化という3つの重要な効果が相乗的に実現可能になるのです。
まとめ:AIと共に進化する「共創のループ」へ
このようなAI前提のプロセス設計と運用体制の参考モデルとして、ベルシステム24が提唱する「Hybrid Operation Loop」があります。
「Hybrid Operation Loop」の自動化フロー概念図
これは、通話データからナレッジベースを自動生成し、AIと人が「Human-in-the-Loop(人間参加型)」構造で連携しながら業務を遂行する、まさにAIを前提としたプロセス設計と運用体制の典型例と言えるでしょう。
このシステムでは、AIが初期的な情報整理と提案を行い、人間がその内容を監督し、必要に応じて修正や追加を行うことで、より精度の高いナレッジベースを構築します。
AIが進化すればするほど、AIの判断を監督し、責任をもって「教える」人間の仕事はますます重要になります。単にAIの指示に従うのではなく、AIがより適切に機能するための学習データを生成・評価する役割が増大するのです。
コンタクトセンターの業務に当てはめて考えると、AIが顧客からの問い合わせに対して最適な回答案を提示する際、その提案内容を評価し、学習データを改善する「品質教師」のような新しい役割が生まれるでしょう。この品質教師は、AIの誤りを修正したり、より適切な表現を教え込んだりすることで、AIの精度向上に直接貢献します。この仕組みこそが、人間とAIが互いに協力し、共に知識と能力を高め合う「共創のループ」を生み出し、最終的には顧客満足度の向上と業務効率化の両立を実現するのです。
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執筆者紹介

創業メンバーとしてAVILENに参画し、2021年から代表取締役に。 2023年にAVILENを東証グロースに上場。 東京大学大学院を修了し、機械学習による即時的な津波高予測の研究に従事。 金融データ活用推進協会標準化委員。
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