現代社会での寺院のあり方とは
築地本願寺の普遍的な使命は、浄土真宗の教えを広めていくことです。浄土真宗は鎌倉時代に開宗され、約800年の歴史を持つ宗派です。長きにわたる歴史の中では、仏様の教えを通して人々の心に寄り添うという「伝道教化」のあり方を、各時代で変化させることで存続してきました。
そして築地本願寺は、人口が密集した首都圏にあるお寺として約400年、「伝道教化」の使命を担い続けてきました。この使命はこれから先も決して変わることのない核となる部分です。
そのための手段として、特にこの約十年はさまざまな改革や新しい取り組みを行っています。
まず、どなたにもご利用いただける「開かれたお寺」を目指し、境内地を大改修いたしました。2017年にはインフォメーション棟内に「築地本願寺カフェTsumugi」をオープン。「阿弥陀如来の18番目の願い(本願)」を由来にしたオリジナルメニュー「18品の朝ごはん」がおかげさまで評判となっております。
また、過去の宗教や宗派に関係なく申し込める「合同墓」を新設しました。昔からある「代々の墓」の在り方を守っていくことも大切ですが、「お墓のことで子どもたちには迷惑をかけたくない」と望む方が年々増えています。そこで、築地本願寺では、「合同墓」に引き続き2027年に完成予定の「合葬墓」形式の新収骨施設を新たに建設しており、さまざまな価値観が尊重される社会の選択肢の一つとして「合同墓」のような「合葬墓」という形があることをご提案できたらと思っています。
お寺との継続的なつながりを築くための「築地本願寺倶楽部」も開設しています。これは「開かれたお寺」を目指す「寺と」プロジェクトの一環で、宗派問わずどなたでも入会可能で、門徒(信徒)になるための会でもありません。年会費・入会費などは一切無料で運営しており、会員数は7万人を超えました。
この築地本願寺倶楽部では、僧侶と1対1で話せる「よろず僧談」や終活サポートなど、会員の皆さまに役立つサービスをワンストップで提供しています。「よろず僧談」では、家庭環境や職場・仕事でのお悩みなどを僧侶が傾聴させていただき、お寺に足を踏み入れづらいという方にも気軽に接点を持っていただけるようにしています。また、2020年からは「築地の寺婚」という婚活サービスにも取り組んでいます。
もちろん、浄土真宗の門徒様との関わり方でも新たな取り組みを始めています。コロナ禍をきっかけに「オンライン法要」を取り入れ、「お寺に行きたいけれど行けない」という方々にも対応するようにしております。
さらに、築地場外の築地銘店会をはじめとする地域の皆さまとのつながりも大事にしています。境内をお貸しして盆踊り大会を開催するなど、地域との連携にも取り組んでいます。
なお、竣工から90年以上が経過し老朽化が進んだ本堂は、現在、国庫補助事業として保存修理工事を行っている最中ですが、これから先もどなたにもご利用いただけるよう、本工事ではさまざまな障害をお持ちの方にも配慮した施設をめざして、エレベーターの設置などバリアフリー化を促進しています。
また、「UDトーク」という音声認識アプリを試験的に導入し、耳の不自由な方にも情報が届くような工夫を進めています。
インバウンドが進む昨今は、海外からいらした方の訪問も増えています。そこで、外国語が話せる奉仕員(ボランティア)にお手伝いいただき、海外の方にも築地本願寺をご案内できるように対応しています。
すべての取り組みに共通しているのは、多様なライフスタイルに対応しながら、誰もが気軽に足を運べる「開かれたお寺」を目指すという姿勢です。法要や法話などの仏法を聞く場としての出発点は変わらず大事にしていますが、人生の節目に寄り添っていくこともまた、お寺の務めとして大切だと思っています。
「摂取不捨」で寄り添うコンタクトセンター
このように、「開かれたお寺」を目指す手段の一つとして、2017年にはコンタクトセンターを開設し、2021年からセンターを内製化いたしました。私自身はコンタクトセンター設立当初からの担当ではありませんが、「初めてお寺に関わる方々にいかにして寄り添うか」との思いから開設したものだと聞いております。
内製化を期にコンタクトセンターで大事にしていることは「傾聴」です。単に情報を伝えるだけでなく、お寺としての心を込めた対話を大切にし、人々の声に丁寧に耳を傾ける。その窓口となることを目指しています。
お電話くださる方はご高齢の方も多いため、質問内容がわかりにくい場合もあります。 その場合も丁寧に傾聴し、私たちに何を求められているかを把握し、こちらからご案内・ご提案するようにしています。
仏教の教えに「摂取不捨」という言葉があります。 すべての存在を見捨てることなく救おうと努めること、つまり「誰一人取り残さない」という教えです。その精神はコンタクトセンターでも日々心に留めて実践しています。
さらに、一般的なコールセンターと異なる築地本願寺のコンタクトセンターならではの特徴は、やはり「寄り添い」を大切にした姿勢だと思っています。お電話を終えた方が「聞いてみてよかった」と感じ、最後には「ありがとう」と言っていただけるように、マニュアルに沿った機械的な対応ではなく、誠実にお話を聞き、丁寧でありながらも堅苦しくない対応を心がけています。
そこで、オペレーターは研修段階で「傾聴」の姿勢をしっかりと学びつつ、築地本願寺についても理解・熟知するようにしています。
築地本願寺ではベルシステム24からオペレーターを派遣していただいているのですが、そのほとんどはそれまで築地本願寺とはご縁がなかった方です。
そのため研修では、浄土真宗とはどのような教えか、本尊である阿弥陀如来とはどういう仏かを知ってもらうことから始めています。そして、築地本願寺がどのようなお寺かを知るために、実際に境内各所を見てもらいながら、取り組み内容やその背景となる考え方を理解してもらう。そうして、オペレーター自身が築地本願寺に興味を持ちファンになってもらうことを目指しています。
このような1カ月の座学を経たのち、着台研修を実施。着台研修時は、職員が全てのお電話をモニタリングし、マンツーマンでフィードバックします。そうして経験を積み重ねて一人立する、という流れです。
これらの研修により、お電話いただいた方には単なる一問一答やビジネスという関係ではなく、お一人お一人に丁寧に寄り添うことを実現しています。
生産性指標にとらわれない対応
築地本願寺のコンタクトセンターでは「傾聴」「寄り添い」を大事にしているため、あえて生産性の指標を課しておりません。対応時間は長くなってもいいので、しっかり傾聴して、最後には「ありがとう」と言っていただく。そのことを最重要としています。
そのため、通常は放棄呼がどれだけあるかをモニターで表示をしていますが、「合同墓」のお問い合わせが増加する時期などはモニター表示を隠しています。コール数や対応時間にとらわれるのではなく、今対応しているお問い合わせに集中してもらう。丁寧な傾聴と寄り添いは絶対外さないことを目標にしています。
本来であれば、すべてのお電話を受電したいところであり、目標の一つとして受電応答率90%を掲げているのですが、回線が混み合ってお受けできない場合もあります。そのようなときは、入電が落ち着いた時間にこちらからお電話し、「先ほどはお電話が取れず失礼いたしました。よろしければ、今ご用件をお伺いいたします」と対応するようにしています。
なお、当コンタクトセンターにお問い合わせいただく内容は「合同墓」や「築地本願寺倶楽部」に関することから宗教に関する専門的なことまで、多岐にわたっています。そこで、僧侶の職員も常駐し、専門的なご相談は僧侶が直接対応しています。これも「お寺ならではのコンタクトセンター」としての工夫の一つです。
さらに、職員やSVはオペレーターが対応している音声を聴き、そこでの気づきを随時フィードバックしています。そうして、より多くの方に「ありがとう」と言っていただける対応を目指しています。
より深いつながりを構築するために
築地本願寺へお電話いただいた方に「電話してよかった」と思っていただき、つながりを構築していくために、NPS(Net Promoter Score)で対応への信頼度・満足度を測り、今後に生かしています。おかげさまで、現在は高い評価をいただいております。
特に多いお電話は合同墓のお申し込みですが、現在は需要に対して供給が追いついていない状況です。そのことについても丁寧にご案内し、ご納得いただけるように努めています。そうしたことも踏まえて、NPSでは高評価をいただけているのだと感じています。
また、NSPでの評価だけではなく、後日、「無事に合同墓に契約でき、納骨が済みました。ありがとうございました」などお礼のお電話をいただくことも多いです。
ちなみに、築地本願寺倶楽部では医療機関と連携してメディカルサポートも行っていますが、そのご担当の方からも「築地本願寺倶楽部の会員様は、問題解決ができた後にわざわざお礼の電話をくださるケースがあります」とおっしゃっていただいています。それが築地本願寺とご縁がある方々との関係性の特徴だと感じています。
安心感と信頼を生み出すための環境づくり
当コンタクトセンターは、築地本願寺とご縁のある方から初めての方まで、幅広い層の方々からさまざまなお問い合わせをいただくため、臨機応変な対応が求められます。その対応の難しさから、設立当初はオペレーターの離職が課題でした。しかし、ベルシステム24とのお付き合いを始めてからは、築地本願寺に合いそうな方を派遣してくださっていることもあり、長く定着していただいています。ベルシステム24の方々には、どのような体制で臨むのが最善かを常に考えて連携していただいているので、大変感謝しております。
同時に、私たち職員も長く働き続けていただけるような環境づくりに取り組んでいます。
例えば、当センターでは私語をそこまで厳しくして律しておりません。慣れない対応や厳しめのお電話に対応した後などは、オペレーター同士で共感やアドバイスをし合うことも大事なケアだと考えているからです。
また、私たち職員とオペレーターの皆さんが定期的に対話する時間も設けています。ベルシステム24でもオペレーターと定期的に面談されていますので、その情報も共有いただき、運営に生かしています。
さらに、ちょっと言いにくいことや細かいご意見などはご意見箱を設けて集め、日々改善するようにしています。
オペレーターがお電話をかけてこられた方に寄り添うのであれば、私たち職員もオペレーターに寄り添う。これは働きやすい職場づくりに欠かせないことだと思っています。
また、私自身、どの方にもリスペクトすることを心がけています。お電話くださった方に敬意を持って対応することはもちろん、オペレーターや職員一人一人にも敬意を払う。そのようにお互いがリスペクトし合う環境の中で丁寧な「傾聴」「寄り添い」を実現させ、安心感と信頼を生み出していくことが大事だと考えています。
DXの取り組みはあくまで手段
浄土真宗本願寺派としての取り組みではDX の推進も掲げており、さまざまなシステムの導入・活用にも着手しております。
従来のお寺では「過去帳」で門徒さんの情報を管理しているかと思いますが、築地本願寺ではCRM システムを導入して基本的な情報を一元管理しています。
例えば、本日お電話をくださったAさんは過去にどのようなお問い合わせをされたのか、葬儀を何年何月何日にされたのかなど、電話だけではなく対面での対応等もデータベース化し、内部の人間であれば誰もが履歴を見ながら適切な対応ができるようにしています。
そのような寄り添いの点もNSPでの高評価に表れているのだと思います。
ただし、DXは目的ではなく、あくまでもお一人お一人を大切にする手段として取り組みを進めています。
コンタクトセンターでもAIチャットの導入にも取り組んでいますが、これも浄土真宗の教えに出会っていただくための手段です。
今後も「寄り添い」「傾聴」は常に目指し続けながら、時代の変化に合わせてDXを手段として活用していきたいと思っています。
より多く、より深いご縁を築くために
現在、首都圏には日本の人口の 3分の1、約4,000 万人が生活をしています。その中で、浄土真宗の門徒を公言している方は3%しかいないという調査結果があります。そう考えると、私たち築地本願寺はまだまだ新しいご縁をつくっていけるはずです。潜在層や無関心層の方々とのご縁づくり、浄土真宗の教えに出会っていただく「伝道教化」は、今後も変わらずに続けていきたいと考えています。
また、築地本願寺が一つのプラットフォームとなり、近隣のお寺さんとの連携もより深めていきたいと思っています。そうして浄土真宗とご縁を持つ方を増やし、小さな縁から深い縁へとつながる接点を各所に設け、関係性を継続させていく。そのための取り組みを今後も続けてまいります。
執筆者紹介

1974年、山口県出身。浄土真宗の寺院に生まれ育ち、浄土真宗本願寺派を母体とする龍谷大学に進学。僧侶資格を取得後は北海道帯広市の別院を経て、築地本願寺に任用される。浄土真宗の教えを広める活動と並行して、伝道企画部ではコンタクトセンターの他、庶務経理、開教推進を担当する。
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