コンタクトセンターとAIという切り口でよく語られるのが、「AIエージェントさえあれば全部自動化できる!」であろうと思います。
これに向かってのファーストステップは、わが社も類にもれず、FAQ応対ボットです。最近のAIの進化もあり、適切な準備を行えば、使えるようになってきている肌感があり、現場実装もリアルになってきています。
次は「現実的なタスクを任せる」、いわゆる本丸へ飛び込んでいく必要があるだろうと思います。その際に大事なのは、以下の3つだと思います。
- どこまでAIにまかせるか (決まりを作る)
- 何が起きたか説明できるか(根拠と記録)
- お金が合うか(1件あたりのコスト)
本ブログでは、コンタクトセンターにおけるAIエージェントの導入が進む中、全自動化を目指す前に何を考慮すべきか、段階的な運用とその管理方法を通じて、AIの活用を実現するためのポイントを解説します。
AIエージェント運用のポイント
AI エージェントの運用には、成功を収めるための重要な管理ポイントが存在します。単に導入して終わりではなく、実際の運用においてどのように管理するかが非常に重要です。以下には、その運用における成功を導くための大切なポイントを示します。
■ 運用してゆく上で大事なポイント
- AIの動かし方をいくつかのモードに分けて、上げ下げのルールを決める。
- 根拠・コスト・リスクを、画面と記録にいつもセットで見えるようにする。
- 数字はAHTやFCRだけでなく、「自己解決の質」「人に渡す時のキレイさ」「根拠の提示率」「1件のコスト」も見る。
安全、安心、コストを考えるとこういう部分が大事かなと思います。
※AHT(Average Handling Time)…平均処理時間
※FCR(First Call Resolution)…一次解決率
■ 準備をせずに実施したときによくありがちな結論
- 答えは上手いけど、作業が進まない。(話はできるけど、申込や変更が終わらない)
- 何でも自動にして詰まる。(例外だらけで止まる)
- 記録はあるけど説明になってない。(だれが何をして、いくらかかったか不明)
これらはあらかじめわかっているともいえるので解決としてAIの自動レベルを段階にして、運用のルールと説明の仕組みを先に用意しておくのがよいと思います。
AIエージェントで出来ることとモードの切り替え
AI エージェントは多様なタスクを処理できる能力を持っています。その機能がどのように展開されるかを理解することが、実際の活用に向けた大きな一歩となります。以下に示すのは、AI エージェントが担うことができる具体的な機能です。
■ AIエージェントでできること
- 会話:声・チャットで用件を見分け、答え、要点をメモ。
- 作業:在庫の確認、住所変更、再配送などの手続きを動かす(条件OKなら自動。むずかしければ人へ)。
- 運用:どこに回すかの振り分け、後処理の短縮、チェックや注意の通知。
- つなぐ:CRMや在庫、配送、決済など、いろんなシステムをまとめて呼び出す(画面操作のロボ=RPAや共通のつなぎ口=MCPも使う)。
RPA(ロボ):
決まった手順を画面操作やAPIでテキパキこなす『手足のロボ』。
(例:受注→在庫→請求→記録、オペの横で補助 or サーバで自動、全部ログを残す)
※MCP(Model Context Protocol)…AIとデータを繋げるための仕組み
■ フェーズ毎の運用
AIエージェントを段階的に運用するための3つのフェーズを考えます。
- 支援(Assist):AIは提案や下書きだけ。最後は人が決める。
- 一緒に運転(Co-drive):AIが「こう動くとこうなるよ」と根拠と影響を見せ、人がOKボタンで実行。
- 保護つき自動(Guarded):決めた条件を全部クリアした時だけ、無人で実行。少しでも外れたらすぐ人に戻す。
例えばモードを上げる条件としては以下のようなものがあります
- 根拠を見せられた率が95%以上(出典URL・更新日・担当者)
- 振り分けミスが1%以下
- やり直しテストに全部合格
逆に下げる条件もあります。
- 失敗が短時間にまとまって出た
- 個人情報の消し忘れが出た
- 「なぜできないか」の説明が欠けた
■ 画面と記録で判断するために
- 根拠(Evidence):出典URL、更新日、だれが責任者か
- コスト(Cost):この処理にだいたいいくらかかったか(モデルやツールの回数から計算)
- リスク(Risk):本人確認の強さ、権限の種類、やり直し可能か
例:「再配送:自動で実行」
根拠:配送#12345(更新:9/18・担当:在庫)+FAQ#R12(更新:9/10)
コスト見積:約¥7/件
リスク:本人確認レベル2、24時間以内なら取り消しOK
■ AIAgentの仕組みを3つの管理的側面で考えてみる
- コントロール面:モードの上げ下げルール、最小権限、実行の順番、影運転・試運転。
- データ面:根拠つきの答え(RAG)と作業の実行(API/RPA/MCP)、安全な保存。
- 安全面:本人確認、個人情報の自動マスク、変な指示(プロンプト)への対策、黒箱レコーダー(あとで全部見返せる記録)。
例:CRMは最初から直書きしない。
まずは横に下書き→人が確認→登録。自動モードは条件クリア後に。
ユーザー体験とKPIの設定
ユーザー体験の向上は、ビジネス成功の重要な要素です。そのためには、どのような体験がブランドにとって重要で、その価値を測るために何を指標として設定すべきかを考慮する必要があります。以下に示す要点は、ユーザーの満足度向上のための基盤となります。
■ ユーザー体験向上を目指す際に考慮すべきポイント
- 0.3秒:相づち、要点の言い換え
- 1–2秒:仮の振り分け+失敗した時の戻し方
- 3–6秒:根拠と影響、OKボタン
完了後:要約と記録を自動作成
ルール例:スピナー(砂時計)だけ見せない。何をしているか、小分けで見せ続ける。
■ どういうKPIがよいのか?
やはり役に立っているのかは気になるところだと思います。
例えばいつものKPIには以下のようなものがあると思います。
「AHT × FCR、保留 × 再コール」
AIを入れることによってプラスしたい新しいKPIとして以下のようなものがあると思います。
- 自己解決の質(DQS):その場で自分で解決した人が、次の日にかけ直していない率
- エスカレーションのキレイさ:人に回った時、必要な情報がそろっていた率
- 根拠提示率(Evidence Rate):出典・更新日・担当者が一緒に出せた率
- 1件のコスト(Cost per Resolution):1つの用件を解決するのにかかったお金
- 自動モードの稼働時間(Autonomy Uptime):保護つき自動が連続で動けた時間
想定される失敗例と対策・安全に試す方法
AI エージェント導入に際しては、様々なリスクや失敗例が考えられます。これらの失敗を事前に理解し、対策を講じることが、実装成功のカギとなります。以下に示す点は、これらの課題を避けるための道標となります。
■ 想定される失敗例
- 何でもできるスーパーAIを1個にまとめてしまい保守性が悪い
- 出典はあるのに古さが分からない(鮮度のルールなし)ので古いデータを参照していた
- やり直せない自動化(取り消し不可+説明ログなし)なので間違いのままデータが外へ
- 個人ツールを本番用として公開し、後戻りできない
■ エージェントにどう働いてもらうかを記録する
例えば以下のようなことを決めAIAgent運用ポリシーとして決めておきます。
- どの用件で
- どのモードから始めて(支援/一緒/自動)
- 何ができたら昇格、何が起きたら降格
- どの順番で手続きし(KYC→在庫→再配送)
- どこに記録を残すか
こうすると、問題が発生したときの原因を追究できると思います。
■ 安全にためす方法
- 影運転:本番と一緒に走らせて、ログだけ比べる(2週間)
- ダブル書き:人の記録とAIの下書きを両方残して、差をSVがチェック(2週間)
- 1タスクだけ自動:住所変更など条件がはっきりしたものだけ(2–4週間)
評価:AHT×FCR、保留×再コール+自動モードの稼働時間/根拠提示率/1件コスト みたいに考えられるかもしれません。
AIのコスト・セキュリティと運用ポリシー
コスト意識やセキュリティは、AI エージェントの運用において極めて重要です。しっかりとした運用ポリシーを策定し、確実な運用を行うための指針を持つことが求められます。以下の点に留意して運用することが重要です。
■ コストの考え方
コストは「何分しゃべったか」ではなく、「1件を解決するのにいくらかかったか」で見る必要があります。
そうすると、開発・構築の段階では以下の方法でかしこく安くすることが重要になるでしょう。
- AIモデルを小さく(安く・速く)する
- ツールを減らす
- やり直しを減らす
これからのAIエージェント対価は「1件いくら+約束(SLO)」の形が分かりやすいかもしれません。
■ AIAgentとセキュリティ
人間の代わりに働くという視点でこれらは非常に重要です。
- 最小権限(必要なときだけ付与)+二段階認証+ログ一元管理は当たり前の土台。
- 本人確認の強さは手続きごとに見える化。弱ければ人へ戻す。
- ブラックボックスをなくす(だれが/何を/なぜ/いくらで)で、監査に強い運用へ。
ということでコンタクトセンターでAIAgentをやろうとすると考えることはたくさんあるなと思います。
一方で新しい技術とこれからのビジネスを考える上では避けては通れないだろうと思います。そこでまずは簡単な部分できそうなものをいくつか考えてみました。
■ コンタクトセンターAIエージェント初級編
このブログをみても、自分で手を動かしてやらないと一向にすすみません。
まずは「出力は下書き/提案止まり、確定は人。テキスト中心・ツール非依存で実施」みたいな条件で考えてみます。
<メニュー例>
- 用件わけ(誤転送削減)
- コンタクトセンターの想定シーン:一次受けで配送/請求/解約/技術などに振り分けたい
- どんな時に使うか:冒頭30–60秒の発話/初回チャットからカテゴリ+優先度を推定し推奨キューを表示(自動転送はまだしない)
- どんなKPIがよくなるか:誤転送率↓/待ち時間↓/FCR↑/オペ処理件数↑
- 取り組む準備:分類ラベル(配送・請求・解約・技術)を定義/各ラベル発話例5–10件/低確信度時の人確認ルール
- 要約+次に聞くこと(ACW短縮)
- コンタクトセンターの想定シーン:通話後やチャット終了時のACW短縮
- どんな時に使うか:会話ログから要点3つ+未確認チェック(次に聞くこと)+TODOを自動生成→下書き
- どんなKPIがよくなるか:ACW時間↓/抜け漏れ再コール率↓/QA指摘率↓/オペ負担感↓
- 取り組む準備:良い/悪い要約サンプル各1件/要約テンプレ(要点・TODO・根拠)/個人情報マスク方針
- CRM下書き(ドラフト保存)
- コンタクトセンターの想定シーン:ケース記録(件名・要旨・対応・次アクション・根拠)入力の均質化
- どんな時に使うか:終話時にCRM項目の下書きを生成→ドラフト保存(本登録は人)
- どんなKPIがよくなるか:ACW時間↓/記録欠落率↓/監査適合率↑/再現性↑
- 取り組む準備:標準フォーマット(件名/要旨/対応/次アクション/根拠)確定/保存先と採番ルール/目視確定手順
- 根拠リンク投げ込み(ナレッジ検索→即提示)
- コンタクトセンターの想定シーン:応対中に根拠を即提示(SV支援・エスカ裏取り)
- どんな時に使うか:会話トピック/キーワードをトリガに抜粋+出典URL+更新日+責任者を提示
- どんなKPIがよくなるか:QA指摘率↓/説明の一貫性↑/保留(検索)時間↓/新人立ち上がり期間↓
- 取り組む準備:最新版だけのナレッジセット(古い資料は隔離)/公開可否・アクセス権タグ/引用ルール・表示テンプレ
<初級編の準備すべきもの>
- ナレッジ整理:最新版のみ/出典URL・更新日・責任者をメタ情報で保持
- 代表ログ10件:良い要約×1・悪い要約×1を含むサンプル
- 分類ラベル:配送・請求・解約・技術(4ラベル)
- 回答テンプレ:
要約=要点3つ+TODO+根拠
FAQ=結論→理由→根拠
CRM下書き=件名/要旨/対応内容/次アクション/根拠
個人情報マスクの運用(氏名・住所・カード番号など)
<ミニパイロット>
Day 1|材料集め:上のチェックを完了
Day 2–3|社内テスト:本番接続なし。根拠が出るかだけ確認
Day 4–5|現場トライ:1ライン限定・1日10件で運用
用件わけ=推奨だけ提示(自動転送なし)
要約=下書き
CRM下書き=ドラフト保存
根拠投げ込み=最新版に限定
Day 6–7|振り返り:誤答は『原因(古い資料/曖昧表現)』でタグ付け→ナレッジ/テンプレ更新
<KPIをシンプルに考える>
保留+ACW(下げる)
再コール率(下げる)
余裕があれば:Evidence Rate(根拠提示率)(上げる)
どれか一つ実施してみても、AIエージェントを利用したコンタクトセンターの効率化について学べるところがあると思います。
今回は初級編のため、いわゆるAPI連携、MCP、RPAとの連携みたいなものを考えなくてもできるものを中心にまとめました。
ただし少しできることを増やす、例えば
「住所変更(“一緒に”モード):住所正規化◯→OKボタンで更新、ログ保存」
みたいなことを考えると以下のようなほかの準備が必要になると思います。
- セキュリティ:最小権限/二段階認証/監査ログ
- 操作ログ:いきなり全自動にしない(人の確定を残す)
- 運用ルールを壁に貼っておく
- モードを変更できる仕組みや体制(支援 → 一緒 → 保護つき自動)で)
- 画面:信頼パック:根拠/コスト/リスクを毎回セットで追えるように
- KPI計測の準備:数字はペア:AHT×FCR、保留×再コール+自己解決の質・根拠率・1件コスト
- 安全モード:まず安全に試す:影運転 → ダブル書き → 1タスクだけ自動
まとめ
AIエージェントの効果的な運用には、適切なコントロールと運用ルールが必要不可欠です。本ブログでは、AIエージェント導入に向けた具体的なステップや考慮すべきポイントを詳しく説明しました。これからのビジネスにおけるAIエージェントの重要性を強調し、小さなステップから始めることが成功の鍵となるでしょう。まずは、誤転送の削減や業務の効率化を図る小規模なプロジェクトから取り組んでみてください。それによって、AIエージェントの真価を実感できることでしょう。
執筆者紹介

デジタルCX本部 DCXテクノロジー部
2003年にベルシステム24に入社。島根県のコールセンターで10年間勤務した後、本社で音声基盤の構築とCRMシステム開発の責任者を務め、SaaS型コールセンター基盤の導入を主導しました。2021年からはベルシステム24ホールディングスの先端テクノロジー研究部門にて、生成AIや音声認識などの先端技術の研究と社内実装に取り組んでいます。
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- プロフェッショナル
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