2025年、私たちの社会にはデジタルトランスフォーメーション(DX)の波が隅々にまで浸透し、AI技術が日々の生活に溶け込みつつある時代を生きています。コンタクトセンターも例外ではなく、この変化の最前線に立っています。本稿では、2025年以降コンタクトセンターが直面する現状の課題を踏まえ、これからのコンタクトセンターはどうなるのか考察します。
現代コンタクトセンターの課題
労働力の観点
現代のコンタクトセンターマネージャーを最も悩ませるのが人材確保の問題です。国立社会保障・人口問題研究所によると、日本の生産年齢人口は1995年の8726万人がピークで以降減少を続けていると言われています。また一極集中により増加を続けてきた首都東京ですらも昼間就業者数が2025年の約910万人をピークに減少に転じるとされています。全体感としては緩やかなダウントレンドから逃れることはできず、経営からはコスト削減を求められる中で人材確保ために賃上げや就労環境の改善・質の向上などに対処していくことが求められていると言えるでしょう。
コミュニケーションチャネルとマネジメントの観点
非同期コミュニケーションの普及により、現代コンタクトセンターでは電話・メール・チャットなどユーザーに複数のコミュニケーションチャネルを提供することが前提になってきています。
非同期コミュニケーションとは、メールやチャットなどのチャネルを介したメッセージのやり取りで、各自の都合の良いタイミングで行うコミュニケーションを指します。これにより、お客様と企業側双方が時間や場所に囚われず、コミュニケーションを図ることが可能となりました。
このように、複数チャネルを提供しながら質の高いカスタマーサービスを実現するためには、顧客データや応対履歴の一元管理のみならず、マルチスキルオペレータの育成、チャネル間のサービスクオリティ均質化、横断的なマネジメントプロセスやKPI設計などが欠かせないものとなっています。
情報量の観点
消費者ニーズの多様化により、企業側は差別化を図るためにサービスを充実させたり、細かい要望に応える必要が出てきました。こういった背景により、現代コンタクトセンターでオペレータが扱わねばならない情報はとても多く、複雑化してきています。また現代は変化のスピードも速く、コンタクトセンター業務においても、日々更新されるサービス変更や情報更新、ニュースなどをキャッチアップしていかねばなりません。これらの情報はCRMシステムや基幹システム、社内ポータルサイトのみならず配布されるメール、エクセルやドキュメントデータなど多くの場所に点在することも多いでしょう。近年はこういった情報を整理・格納し検索できるクラウドツールも出てきていますが、すべての情報を網羅することは難しく、またセキュリティへの配慮も怠ってはなりません。ゆえにオペレータのデスクトップ上では様々なシステムやツールが同時に開かれ、情報の確認ミスやそもそもどこにあるのか?新人にとっては検索すらも難しいという問題に直面しています。
IT・システムの観点
現代コンタクトセンターでもAIや自動化、クラウド化など新技術導入は徐々に進んでいます。しかしながら既存システム連携にかかる開発費用や月間費用、セキュリティ面を考慮すると「費用対効果が出ない」ことを理由に、最新システムの導入を見送ることも多いのではないでしょうか。
国内就労人口の減少から人件費は微増しているものの、他国と比べると相対的に人件費はかなり安いというのが実情です。「いわゆるヒトでやったほうが安い」状態であり、マネジメントとしてもITソリューションによる自動化に踏み切れないジレンマに陥っていると言えるでしょう。
このような状態でも時間をかけて本質的な改善を進めることができればよいですが、トップマネジメントからの指示などを理由に、本質的な改善にコストを投下せず、中途半端なDXツールに手を出してしまうのはさらに悪手であると考えられます。
現時点のDX動向
クラウド移行がさらに進む
経済産業省が2025年の崖と指摘した通り、コンタクトセンターにおいてもオンプレミス型レガシーシステムの維持には多大なコストと人手が必要であることから、近年ではコンタクトセンターでもコアとなるシステムのクラウド移行が進んでいます。FAQやCRMシステムが最も先行してクラウド化されていましたが、現時点ではPBXや音声認識システムなどのようにリアルタイムで大量のデータ通信が必要なシステムであっても、まずクラウド化を検討する企業が増えてきています。これは自社内の技術者不足のみならず、通信技術の発達やクラウドシステムの堅牢制、安定性の向上も意思決定を後押ししていると言えるでしょう。
AI活用の検討
国内コンタクトセンターでAI活用がはじまったのは、2010年前後にディープラーニングの活用が開始された頃と推察されます。近年では、2022年にOpenAIが発表した対話型生成AI・Ghat GPTの登場以降、多くのコンタクトセンターでも生成AI活用の検討が進み始めています。入力と出力は色々なケースがありますが、タスクとしてはテキスト化された会話の要約やQA・知識の抽出という用途が多いように思われます。Chat GPTやGeminiと言ったテックジャイアントがAPIで提供する生成AIから、LlamaやDeepSeekのようなオープンソースで提供されるモデルも出るなど企業側のニーズに合わせいくつかのバリエーションも出てきたことで、活用もさらに進むと考えられます。AI活用には今もって高性能GPUが必要になることが多いのも実態ですが、近年ではAIの蒸留や軽量化、GPUコストの低下も進んでいることからコスト問題はある程度時間が解決すると考えられています。
統合型UIへの移行
コンタクトセンターは元来、あいまいな問合せの切り分けが必要で、かつ情報の検索や機械的な回答が難しいタスクを人手で担うことが求められる業務です。しかしながら、経済発展に伴ってコンタクトチャネルの複雑化や他社サービスの連携や相互乗り入れが始まり、現代コンタクトセンター業務は複雑化する一方でした。そのような背景から、21世紀に入り、国内ビジネスの世界でもUI/UXという概念が少しずつ浸透し、今ではCXという表現が使われるようになりました。UI/UX/CXなどの概念はお客様だけでなくオペレータにも当てはめて考えられ、オペレータひとりひとりの作業スペースを広くとったうえで、デュアルモニタや大画面モニタを設置することも増えています。近年、CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)やソフトウェア間のAPI連携の浸透により、コンタクトセンターにおいて対応に必要な各種情報を点在させず、シンプルで統合されたユーザーインターフェース(画面)にまとめて表示する統合型UIを提供するアプリケーションが注目されています。
通話料と企業へのアクセス方法の変化
NTTアナログ回線からIP網への完全移行にともない、2024年にNTTの固定電話料金が全国全時間帯で3分9.35円に一律化されました。つまり国内電話においては実質的に地域の概念が無くなりました。しかしながら国内には0AB-J番号と呼ばれる地域で割り当てられた番号は根強く残っていて、これらが印刷物に掲載されている関係上、0AB-J番号で着信するための通信機器にコストを払い続ける企業も多いのではないでしょうか。今やコンタクトセンターにかかってくる電話の大半はスマートフォン経由であり、Webサイトアクセスも同様です。スマートフォンでは電話番号を入力しないクリック to コールを使えますし、なによりまず自由な時間にアクセスしやすいWebサイトコンテンツや動画で解決を試みるというのがいまやユーザーの典型的な行動になっているとさえ言えます。このような背景から、0AB-J番号の重要性は薄まり、近年ではIP電話を示す050から始まる番号をコールセンターの番号として表示する企業も増えてきました。
コンタクトセンター・ロケーション
コロナ禍を経て多くの産業でリモートワークの活用が進みました。コンタクトセンターにおいても在宅やマルチロケーションがさらに進んだのは記憶に新しいと思います。歴史的には2000年ごろまで地方都市への分散、2010年ごろから中型都心ターミナル拠点への移行、そして2020年ごろから都心ターミナルと在宅のハイブリッド化が進みつつあります。前述の課題の通り国内ほぼ全ての都市が就労人口減に直面しているなか、2030年はさらなる分散とハイブリッド化がさらに進むと想定されています。具体的にはコア機能を有するメイン拠点と、在宅や少数席を有する小型サテライト拠点のようなイメージになるだろうと考えられています。
政策・周辺環境の変化
カスハラ規制トレンド
2025年6月改正労働施策総合推進法が成立し、東京都でも2025年4月にカスハラ防止条例が施行されました。今後は他の自治体や国レベルでもカスハラ防止に関する法整備が進むと想定されています。企業にはカスハラ対策の基本方針を明確化し、従業員への周知、相談窓口の設置、マニュアル作成、研修の実施など、組織的な対応が求められ。また、従業員の安全配慮義務やメンタルヘルス対策も重視されるようになってきました。
リモートワークの浸透
前述のようにコロナ禍を経てコンタクトセンターにおいても、産業により程度はあるがリモートワークはかなり進んだと言えます。まだまだ都心ターミナル中心の構図は変わらないとも考えられますが、このまま都心地価の高騰やクラウド・AI・統合UIが進めば、労働者確保の観点からも、コンタクトセンターにおいてもよりリモートワークが進んでいくだろうと考えられます。
これからのコンタクトセンター
これらの課題と現状を踏まえ、これからのコンタクトセンターの考察をまとめます。
徹底したクラウド活用により、分散と集積のいずれも対応するハイブリッドな運用の実現
クラウドサービスは原則インターネットを通じて提供されるため、分散型or集積型いずれのコンタクトセンター運営形態にも大きな追加費用なく適応することができます。セキュリティとコストや業務効率とのバランス、組織やマネジメントスパンの見直しを前提とした上で、コンタクトセンターにおいても、よりクラウド活用は進むと考えられるでしょう。
関係するデータベースの統合による同期・非同期のデータ活用
半導体チップの微細化は限界が近いと言われていますが、量子コンピュータのように我々を新たな次元に引き上げるソリューションが日々生まれてきています。通信速度とコンピュータの計算能力の向上は、コンタクトセンターにもより速く安価な分析やデータ連携をもたらしてくれるでしょう。お客様の発話内容をリアルタイムに分析して必要な情報検索と回答生成を瞬時に行うAIアシスタント、個人やチームの生産性を随時把握して、将来の人員配置や必要採用人数を瞬時にはじき出すAIアシスタント等は既に実験レベルでは実現されつつあります。それらの実現のため、これまでは分断されていた大量の定量データや定性データをできるだけ一つのプラットフォームに統合するか、あるいは何らかの手段で接続することが最初のステップになるでしょう。
知識の生成とAIエージェントの台頭
コンタクトセンターにとって、ナレッジマネジメントは永遠の課題のように思える難題です。変わりゆく情報を収集し、解釈を加え、分類・体系化して検索しやすく読みやすい形で記録する。アクセス状況や市場・環境の変化を踏まえ、バージョンを管理しつつ随時更新を行う。3年で人が入れ替わると言われるコンタクトセンター現場において、これらを日常的なタスクとして行っていくことはかなり大変なものです。このような状況において、近年では日々業務運用にAIを組み込むことで、仕事をしながら汎用的な知識生成し、ナレッジベースとして蓄積していくことが提唱されています。例えばお客様とオペレータの会話にスーパーバイザーのフィードバックを加えた会話テキストから必要なFAQや解決のステップを抽出・生成するようなイメージです。営業事務や計数管理の現場においてはAIエージェントと呼ばれるソリューションが台頭してきていますが、これらをコンタクトセンターで応用することはそう難しくないでしょう。
ユーザーの代理としてのAIエージェントとの対話
コンタクトセンターでのAI利用というと一般的にはAIによる自動応答、つまりオペレータの代理を行うAIエージェント=AIオペレータを想像するのではないでしょうか。もちろんAIによるオペレータ代替はコンタクトセンターにおいて最も期待されるAI活用のひとつです。しかしながら企業側として教育されるAIオペレータが持てるユーザ情報には契約の範囲内などで一定の制限があることが普通です。つまりその範囲の中でしかユーザーを理解することができないのです。他方、ユーザーのエージェント(代理人)としてのAIであれば、ユーザー個々のことは熟知したうえで、ユーザーに代わってコンタクトセンターに問い合わせを行うということは用意でしょう。むしろそのほうが自然な流れとすら考えられます。「her 世界でひとつの彼女」の世界観で、誰しも自分のそばにいて自分のことをよく知っている人を最も信頼するものです。そのような状況で企業に求められるのは、堅牢かつ利便性の高い本人認証システムとAIが使えるようにするための構造化整理です。
まとめ
コンタクトセンターは今、労働力不足や業務の複雑化、情報管理やIT投資の課題など、多くの難題に直面しています。一方で、クラウドやAIの活用、統合型UIの導入、リモートワークの拡大、カスタマーハラスメント対策の強化など、技術革新と社会環境の変化が新たな可能性を切り拓いています。今後は、分散と集積のハイブリッド運用やデータ統合によるリアルタイム分析、AIエージェントの活用などを通じて、顧客体験と業務効率の両立がますます重要となるでしょう。変化に柔軟に対応し、テクノロジーと人の力を融合させることで、コンタクトセンターはさらなる進化を遂げていくはずです。
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